2017年03月27日

救いの証

20160408(2).jpg主は、私から離れず私を見捨てないお方です。
イーグレープ代表
穂森宏之

私が、信仰の確信へと導かれた聖句は「見よ。わたしは、戸の外に立ってたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。黙示録3:20」です。特に聖歌472番「人生の海のあらしに」は歌っていて、ただ感極まり涙が止まらなかった事を思い起こします。

今振り返りますと、私が小中学生頃には、兄が既に教会へ通っていたという事も有り聖書や様々な福音文書を目にする機会は、他の人より多かったのではと思います。十代後半となり、特に影響を受けたのは、兄から贈られた三浦綾子さんの3部作「道ありき・光あるうちに・この土の器をも」でした。

私は、まだ19歳頃に丁度人生の目的と人間の生きる意味について真剣に考え模索し悩んでいた時でしたので、その3部作は、特に人の生き方に触れていて信仰への思いを強くし、導かれるきっかけともなりました。或る日の礼拝の終了間際に、イエス様を救い主として受け入れる決心への促しがあり、少し戸惑いもありましたが躊躇なく手を上げました。その礼拝後、別室で宣教師から幾つかの質問があり、その後一緒にお祈りをしました。その時、私は喜びと興奮で嗚咽が止まらず、本当に説明の出来ない程の感動を味わう体感をしました。私の人生は、決して一人ではなくイエス様が共にいて下さり、ご一緒下さる事が、はっきりと理解出来たのです。そして、その19歳のイースターに受洗の恵みに与りました。

その後、暫くして、文書伝道の働きに身を置く事となり現在に至っております。今振り返りますと、クリスチャンへと導かれ目覚しい成長と発展を遂げたのではなく、失敗もありまた失敗もありの、なんとも情けない歩みを、今日まで続けて来ました、しかし、『「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。」との約束は、確かなものです。』ヨハネ14:18、この憐れみ深い言葉の通りだと信じます。

日々の生活の中で、今も神様から与えられた人生をどう生きるかを時々、自問自答しておりますが、やはり祈りの中で行き着く先、与えられる答えは一つですね。主から与えられ導かれたこの働きに、主と共に一生懸命に、賛美しつつ生きて行こうという事に尽きます。その理由は、聖書の中にありました。『聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」ローマ10:11』アーメンです。

そして、すべての人生の問題の解決策が聖書の中に隠されているという、確信が少し遅いのですが最近やっと身につきはじめ与えられつつあります。やはり、私の場合の悩みや祈りの課題も仕事上から派生する事柄が多いのですが、具体的には人間関係、経済の問題、健康の問題、すなわち日常の信仰生活全般です。全てを祝福し成し遂げて下さる方は全能であり全知なる主であると言う事です。今、「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。ピリピ2:13」の主のお約束を握り締めています。これからも、残された人生を、主からの新たな明確なビジョンと目標を頂きつつ、主と共に、そして同労者の家内と心を通わせ力強く歩んで行けたらと心より願っております。

わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。ヨシュア記1:9



人生の海の嵐に うた/吉田 浩  ピアノ/吉田万代

https://www.youtube.com/watch?v=VqwKl7hPPMo
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posted by e-grape at 18:19| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする